車ディーラーからピザ回し世界一 きっかけは、手越くん 2021-04-02


図 この記事のタイプ傾向 (「憧れ」「笑う」)

(https://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/ASP423QVZP25PTIL01J.htmlより引用)
 大阪市生野区の商店街に「世界一」のピザ回し職人がいる。
トラック運転手や自動車ディーラーを経て、偶然見たピザ回しに憧れ、イタリアへ。
修業を重ね、世界大会で優勝を果たした。
「夢は何歳でもかなう」。
そんな姿を見せたいと、ピザを回し続ける。
 JR大阪環状線桃谷(ももだに)駅に近い桃谷商店街のピザ店「ピッツェリア・カサディエッロ」。
訪ねると、松田悠佑(ゆうすけ)さん(37)がさっそく技を披露してくれた。
 ピザの生地は厚さ2ミリ、縦横27センチあり、重さは180グラムほど。
両手を使って縦方向に回す。
 左指数本を生地の裏側にあてて横回転させたかと思えば、瞬時に右手に移し替え、体の後方に投げ飛ばし、また体の前面に投げ戻す。
なめらかな技の数々にただ目を奪われる。
しかも生地には穴一つない。
 「なでるように回すことがコツです」と松田さん。
だがいつもそばで見ている店のオーナー塚本敬次さん(47)も「技のスピードも速いし、まねしようにもできませんよ」と笑う。
 ピザ回しは、生地を空中に投げ、均等に延ばす技術だ。
ピザを焼くために絶対必要ということはないが、松田さんによると、客を楽しませるパフォーマンスとして、イタリアなどで職人が披露してきたという。
■「何か別のことをしたい」時に松本潤さん 松田さんは岡山市出身。
大学卒業後、地元の運送会社に入社し、事務や10トントラックの運転をした。
25歳のころ、自動車ディーラーに転職し、トラック部品の管理・販売に携わった。
 実家は車の解体業を営んでおり、高校生の頃から手伝っていた松田さんは部品の扱いには手慣れていた。
 転機は29歳の時だった。
父の俊夫さんが亡くなり、離婚も経験した。
 「何か別のことをしたい」と思っていたとき、俳優の松本潤さん主演のテレビドラマ「バンビ〜ノ!」を見た。
イタリア料理人をめざして修業する主人公に影響を受けた。
会社を辞め、岡山県内のピザ屋でアルバイトを始めた。
 その矢先、テレビのバラエティー番組でタレントの手越祐也さんがピザ回しに挑戦する姿を見た。
自分が店でいつも見ているピザが華麗に回る。
その姿にあこがれた。
「すごい世界があるんだ。
かっこいい」 「自分もやる」と決めた。
練習用の「ラバー」と呼ばれるゴム製生地をインターネットで取り寄せた。
ネット動画を手本に指1本で生地を回したり、足の間から上に投げ飛ばしたりできるよう何度も練習した。
 2013年にイタリアへ渡り、ピザ職人をめざす外国人を受け入れてきたローマ近郊ビテルボのピザ店に入った。
 ピザ作りを学ぶかたわら、イタリア人の師匠にピザ回しを披露すると「俺よりうまい」とほめられ、自信がついた。
その年のイタリアの地方大会で、ピザ回しのアクロバティック部門で3位に入った。
帰国後も技の精度を磨いた。
■「日本でもぜひ出したかった」 帰国後の16年1月、同じ師匠のもとで修業した塚本さんが脳梗塞(こうそく)で倒れ、「うちの店に来てくれないか」と打診された。
それ以降、二人三脚で「カサディエッロ」を切り盛りしている。
 トマトソースや水牛のモッツァレラなどを使った看板商品「ソレンティーナ」を提案したのも松田さんだ。
「一番最初に師匠に教わったのがソレンティーナ。
日本でもぜひ出したかった」と話す。
 18年、欧州を中心に千人規模の職人たちがピザ作りの技を競う世界大会「ピッツァ・ワールドカップ」(ローマ)のアクロバティック部門に出場した。
時間制限はなく、どれだけ迫力あるパフォーマンスを見せて観客を沸かせられるかが決め手となる。
松田さんの演技は審査員に高く評価され、1位に輝いた。
日本人では初めてだという。
(https://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/ASP423QVZP25PTIL01J.htmlより引用)

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