背丈を超えた濁流の恐怖、被災者のいま 東海豪雨20年 2020-09-12


図 この記事のタイプ傾向 (「感謝」「幸せ」「激しい」)

(https://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/ASN9C77HVN9COIPE003.htmlより引用)
 2000年9月11、12日の東海豪雨から20年を迎えた。
決壊した新川沿いにある名古屋市西区の公園で、11日早朝、減災への願いを込めた集いがあった。
 午前6時、あし原公園内にある石碑の前で、被災者や災害ボランティアらが「9・11 20」の形に並べられた竹灯籠(とうろう)を囲み、黙とうを捧げた。
その後、参加者は復興の象徴となったスイセンの花を植えていった。
 近くに住む丸山晴夫さん(77)は、ほぼ毎年集いに参加してきたという。
「皆が大変な思いをしたことを忘れず、いま幸せに暮らしていることに感謝しています」と話した。
 東海豪雨は未曽有の都市水害だった。
本州上に停滞した秋雨前線に、南から暖かく湿った空気が次々と流れ込み、00年9月11日夕方から12日未明にかけて名古屋市とその周辺で激しい雨が続いた。
名古屋市の1時間降水量97ミリは、いまも同市の観測史上最多。
2日間の総降水量は名古屋で567ミリと、年間総降水量の約3分の1に達した。
 雨水の処理が追いつかずに下水などからあふれる「内水氾濫(はんらん)」も各地で発生。
愛知、岐阜、三重、静岡の4県で計10人が亡くなり、長野を含む計5県で約7万2千戸が浸水した。
名古屋市などで浸水想定区域を示すハザードマップが作られていなかったため、マップの作製と公表が、国管理のすべての河川と都道府県が管理する重要河川について義務化されるきっかけにもなった。
(https://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/ASN9C77HVN9COIPE003.htmlより引用)

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