サーフィンで全国大会出場の麻酔科医 工学系大学院→メーカー勤務から27歳で医師を目指した「覚悟」 2022-05-10


図 この記事のタイプ傾向 (「暗い」「大切」「楽しみ」「迷い」)

(https://news.goo.ne.jp/article/dot/life/dot-2022050600033.htmlより引用)
激務や多忙で知られる医師の仕事だが、近年は医師の「働き方改革」も推進され、ワーク・ライフ・バランスが重視されつつある。
日の出とともに海へ行き、サーフィンで「心身をリセット」して日々の仕事に新たな気持ちで向き合う。
そんな生活を実践している亀田総合病院(千葉県)麻酔科医長の竹原由佳医師に、発売中の週刊朝日ムック『医者と医学部がわかる2022』で話を聞いた(内容は取材時のものです)。
*     *   * 千葉県鴨川市の東条海岸は、太平洋に面した同県のなかでも有数のサーフスポットとして知られる。
そんな場所で出勤前後にサーフィンをして楽しんでいるのが、東条海岸沿いに立つ千葉県南部の基幹病院、亀田総合病院麻酔科の竹原由佳医師だ。
「年間を通して日の出とともに起床します。
夏は4時過ぎには海に行って1、2時間サーフィンをしてから仕事へ。
仕事が終わった後も、暗くなるまでサーフィン。
冬は、出勤前後は暗いので、休日に楽しんでいます」■元々は工学系、ケガをきっかけに27歳で医師を目指す 亀田総合病院に勤務する医師や看護師にはサーファーが多く、プロサーファーも輩出している。
同院では年に1度、医療従事者のためのサーフィン大会「カメダカップ」を開催するなど、サーフィンを通じた職員の健康増進や地域振興に積極的に取り組んでいる。
「夜勤もあるのでみんなで集まってということはないのですが、海に行くとだいたい亀田のスタッフに会います(笑)」 趣味のサーフィンを楽しみつつ、麻酔科医長として後輩の育成にも携わる竹原医師。
その経歴を振り返ると、サーフィンを始めたのも、医師を志したのも20代後半だった。
「サーフィンに出合ったのは25歳のとき。
工学系の大学院を卒業後、メーカーに就職してから、新しいことを始めたいとチャレンジしました」 平日は仕事、週末はサーフィンという生活を送っていた時に、転機となるできごとが起こる。
腕をケガし、入院や手術、リハビリを経験したことから、医療に興味をもち、医師になりたいと考えたのだ。
「当時27歳だったので、人生のギアチェンジの最後のチャンスと考え、医学部への編入試験を目指しました。
編入後は、それまで遠回りした分、4年間しっかり勉強しました」■研修先の病院で震災を経験、覚悟を決める 初期研修医として赴任した石巻赤十字病院(宮城県)では、東日本大震災を経験した。
「地震発生直後から災害対応が始まり、研修医はトリアージの時、救急車の受け入れを担当しました。
当時はあれほどの津波が来たとは実感できず、1週間後に自転車で石巻の街に行ったときに、道路がなくなり家や車が津波で流された様子を自分の目で見て、初めて状況が理解できました」 震災後は市内全域でライフラインが停止していたことから、スタッフは数週間にわたり病院で寝泊まりし、救護や医療の対応を行った。
「担当していた患者さんと震災後に再会したときに『先生に助けてもらった命だから無駄にできないと思って、津波から逃げたんだよ。
この先も助けてもらった命を大切にするから、先生も頑張ってね』と言われたんです。
私は研修医だけれど、患者さんから見れば医師なんだと自覚しました。
震災前は、自分は医師としてやっていけるか迷いがあったのですが、このときに覚悟が決まりました」 後期研修からは「全身を診られる科がいい」と麻酔科を中心に経験を積み、浦添総合病院(沖縄県)などを経て、2016年から亀田総合病院の麻酔科に所属している。
「手術中に切迫した状況になると、手術室にいる全員が患者さんの命を救おうと団結します。
チームワークがうまく働きいい結果が得られたとき、やりがいを感じますね」 趣味のサーフィンは、仕事を続けるうえでも大きなモチベーションになっている。
「サーフィンの醍醐味は、自然と一体化できること。
サーフィンによって心身をリセットできるので、日々新たな気持ちで仕事に向き合えるんです。
医師とサーフィンには定年がないので、これからもずっと続けていきたいですね」竹原由佳(たけはら・ゆか)医師2010年群馬大学医学部卒。
石巻赤十字病院、浦添総合病院、亀田総合病院、中頭病院を経て、16年亀田総合病院に麻酔科医師として着任。
17年麻酔科医員、19年から麻酔科医長。
日本麻酔科学会専門医、日本区域麻酔学会認定医。
(https://news.goo.ne.jp/article/dot/life/dot-2022050600033.htmlより引用)

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