憧れの元夫婦第1位!さんま&しのぶ 憎しみ合わない円満離婚 2021-04-05


図 この記事のタイプ傾向 (「憧れ」「笑み」「驚く」「悲しみ」「気遣い」「幸せ」「好き」「楽しむ」「憎しみ」「熱愛」「惨め」「みっともない」「笑い」「笑う」「笑って」)

(https://news.goo.ne.jp/article/postseven/entertainment/postseven-1648832.htmlより引用)
《知り合ってから30年以上が経ち、色んな事があり、それでもこうしてお互いに仕事ができるというのは、幸せな事だなと思います。
彼が人生において一番望んでいるのは、「笑う事」「人が優しい気持ちになる事」です。
そんな映画になるよう、頑張ります》 そんなメッセージとともに、3月2日、女優の大竹しのぶ(63才)は自身のインスタグラムに、明石家さんま(65才)とのツーショット写真を投稿した。
満面の笑みの2人の間には、さんまが初の企画、プロデュースを務めるアニメ映画『漁港の肉子ちゃん』(6月11日公開予定)の台本が握られている。
 しのぶは、この映画で主人公の肉子ちゃんの声を演じる。
日本一有名な「元夫婦」の仲睦まじい姿に、しのぶのインスタグラムのコメント欄では、「素敵すぎて涙が出る」「永遠の憧れ」と数多くのコメントが寄せられた。
 女性セブンは1528人を対象に「憧れの『元夫婦』は?」というアンケートを実施。
そのランキングで「さんま&しのぶ」は、ぶっちぎりの得票数で1位を獲得している。
「私の周囲で離婚した人たちからは憎しみのこもった悪口しか聞かないけど、さんまさんとしのぶさんはテレビでもお互いを悪く言わない」(46才・パート)と、さんまとしのぶの仲のよさに驚く声が集まった。
 時代が令和になり、「結婚したら女性は家庭を守り、男性は生活費を稼ぐ」という昭和の家庭像はとっくに崩壊し、近年は夫婦の形が多様化し続けている。
 今年3月には、ファッションモデルの牧野紗弥(37才)が夫と離婚し、「事実婚」の関係となったことが情報番組で特集され話題になった。
結婚して12年、3人の子供を持つ牧野が「事実婚」を選んだ理由は、家庭内の性差をなくして夫と対等になるためには、「夫婦別姓」が必要だと考えたからだという。
 俳優の窪塚洋介(41才)は、2012年に一般人女性と離婚。
2015年にダンサーである現在の妻と再婚したが、前妻と2人の子供を交え、「家族5人」で食事を楽しむ様子をたびたびインスタグラムに公開している。
婚姻関係だけが夫婦の形ではない。
さんまとしのぶが離婚したのは30年も前だが、昨今の風潮の先駆けだろう。
 離婚後、子供の親権はしのぶが持つことになったが、さんまは血縁関係のない長男・二千翔さん(36才)と、長女でタレントのIMALU(31才)と定期的に顔を合わせ、父親としての役割を果たしてきた。
離婚した夫婦とは思えない仲のよさに、世間では幾度となく復縁説がささやかれてきたが、しのぶは、さんまとの関係を「友達以上、家族未満」ときっぱり断言している。
現代の夫婦の「理想形」といわれるさんまとしのぶのヒストリーを、まずは振り返っておこう。
いきなり3才の子の父親になる気持ち、わかりますか 2人が仲を深めたのは、大ヒットドラマ『男女7人夏物語』(1986年放送、TBS系)での共演だ。
当時、しのぶはTBSの敏腕プロデューサー・服部晴治さんと結婚していたが、ドラマをきっかけに、さんまと家族ぐるみのつきあいが始まった。
「がんで倒れた服部さんが、亡くなる直前、『しのぶをよろしく』とさんまさん宛てに手紙を送ったことは有名な話です。
共演者として仕事面のサポートという意味だけでなく、妻子の将来を託したいという思いもあったのではないでしょうか」(番組制作関係者) そして、1987年7月に服部さんがこの世を去ると、悲しみに暮れるしのぶをさんまが支え、さらに仲を深めていった。
夜眠れないしのぶが電話をすると、さんまは深夜でも話し相手をしてくれたという。
《いま考えてみると、初めて会ったときから好きだったように思います》 入籍会見でさんまがそう語ったように、2人の熱愛は、さんまのひと目ぼれから始まったとされる。
『男女7人〜』で共演する以前、関西のワイドショー番組でしのぶと初めて対面したさんまは、「笑いのテンポ、間の取り方、空気を感じる能力、ベストの反応を選ぶ瞬間的早さ、どれをとってもほかの女優さんとは数段違いますよ。
ほんとにすごい才能です!」と、しのぶの「笑い」の才能を絶賛していた(『週刊明星』1988年10月13日号)。
 1988年9月29日に入籍すると、さんまはしのぶが服部さんとの間にもうけた長男である二千翔さんの父親となる。
会見の翌日に生出演した『笑っていいとも!』(フジテレビ系)で、客席から「お父さーん!」と声援が飛ぶと、「皆さん、いきなり3才の子の父親になる気持ち、わかりますか」と真剣な表情で投げかけた。
 自身も幼少期に実母を亡くし、義理の母に育てられてきたさんまは、ステップファミリーの父として義理の息子と真摯に向き合う。
「まだ3才だった二千翔さんに気を使ったさんまさんが、『お父さん』ではなく『ボス』と呼ばせるようにしたことはテレビでも語られています」(前出・番組制作関係者) 結婚から翌年の1989年9月には、長女のIMALUが誕生。
しかし、子煩悩で、「昔ながら」の家庭を理想とするさんまと、妻・母である以前に、生粋の「女優」であるしのぶとの間で、徐々にすれ違いが生じていく。
当時をよく知る芸能担当記者が語る。
「しのぶさんは海外ロケで長期間自宅を留守にすることや、ドラマの撮影で帰宅が夜中になることも多かった。
スイッチが入ると周囲が見えなくなってしまう“憑依型”の女優であるしのぶさんは、プライベートでも演技のことばかり考えて、家族と話していても上の空だったといいます」 別の記者も話す。
「IMALUちゃんの妊娠中、家事ができないしのぶさんのことをさんまさんは嘆いていた。
自らスーパーへ買い物に行き、『いい男が買い物かごをぶら下げて、食料やらジュースやら、かごいっぱいに入れて歩くほど惨めなことはない』とこぼしていたそうです」 ジェンダー格差が指摘される現代なら瞬く間に炎上する発言であるが、いまもさんまが老若男女から支持される理由は、30年も前に“主夫”業をこなしていた経験があるからかもしれない。
 しかし、女優としてしのぶが活躍の幅を広げる一方で、さんまは低迷期を迎えていた。
伝説のバラエティー番組『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)の放送が1989年に終了すると、翌年には、5年連続で男性部門1位に君臨していたNHKの「好きなタレント調査」で首位から陥落。
家庭を優先するため、さんま自身が仕事をセーブしていた側面もあるが、男が家庭に入ることが「みっともない」とされていた当時、さんまにとっては生きづらい環境だったのかもしれない。
「家の中でのプライベートな話を外でしないでほしいというしのぶさんの希望もあり、結婚前までタブーなしだったさんまさんのトークは精彩を欠いた。
楽しそうに仕事をするしのぶさんを見て心穏やかではなかったけれど、すねていると思われたくなくて、何も言えなかったそうです。
 一方のしのぶさんは、そんなさんまさんの気持ちを察して、撮影の打ち上げで花束をもらっても見つからないように隠して持って帰っていたそうです」(テレビ局関係者) 当時のことを、しのぶは後に、こう振り返っている。
《離婚は子供のことだけとか仕事のことだけという単純なものではなくて、いろんなことが重なっているし、価値観の違いっていうのもあったんだと思います。
 そして、「私は“自分は正しい”という価値観を相手に押し付けちゃっているんじゃないか」「この人を苦しめているんじゃないか」、そう思うことで、どんどん気持ちが引いていっちゃって。
向こうは向こうで、同じように思っていて、それでお互いに気を使いすぎたようなところがあって……》(『週刊文春』1992年10月1日号) 深い溝を埋めることは難しく、電撃結婚から4年目の1992年9月に離婚。
会見は同じ日に同じ場所で時間をずらして行われたが、直前まで2人は同じ控室にいた。
 さんまは額に「×」印を1つつけて取材陣の前に登場し、これをきっかけに“離婚1回=バツイチ”という言葉が流行語になる。
離婚さえ笑いに変えるのはさすがだが、一転、会見で語ったのは、「すべてぼくに原因がある。
相手の仕事の量とかで、お互いの気持ちにズレができた」という、元妻への気遣いの言葉だった。
一方のしのぶは「女優と主婦の調整がつかなくなってしまった」と語った。
前出の芸能担当記者が話す。
「憎しみ合って別れたわけではありません。
それを表すように、離婚会見でさんまさんが着たシャツは、しのぶさんがアイロンをかけて整えているし、会見当日の夜も、目黒の自宅で一緒に夕食を食べたそうです」 家庭と仕事の両立が、いま以上に難しかった時代の円満離婚だ。
(https://news.goo.ne.jp/article/postseven/entertainment/postseven-1648832.htmlより引用)

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