なぜ祖父は狭い小屋に閉じ込められた 事実はぐらかした父 「家族も苦しんだ」私宅監置を知り孫は神戸から沖縄へ 2021-04-03


図 この記事のタイプ傾向 (「諦め」「痛み」「悲しみ」「苦悩」「心の痛み」「大切」)

(https://news.goo.ne.jp/article/okinawa/region/okinawa-20210403100000.htmlより引用)
 沖縄県出身の父を持つ神戸市在住の幸(ゆき)恵(え)さん(41)は2年前、1本のドキュメンタリー番組をきっかけに家の小屋に閉じ込められていた祖父の過去を知った。
「優しく穏やかだったというおじいちゃんが、なぜそんな目に遭わないといけなかったのか。
歴史を学び、本人や家族の悲しみが繰り返されない社会にしたい」と話す。
 番組はかつて、日本や沖縄にあった精神障がい者を自宅の一室などに隔離する私宅監置制度が題材。
偶然視聴していた幸恵さんは、格子戸の隙間からこちらを見つめる「金太郎」さんという名の男性の写真に目が留まった。
名字は明かされていなかったが、個性的な名前、沖縄の離島に住み、精神障がいを患っていたという情報が、断片的に聞いていた父方の祖父を想起させた。
「もしかして、おじいちゃん?」 番組に出た県精神保健福祉会連合会に連絡を取り、制作者でフリーテレビディレクターの原義和さん(51)につながると、予感は確信に変わった。
原さんの取材によると、金太郎さんは1960年代に所有船が沈没して精神の病を発症。
家族に暴力を振るったという理由で、不衛生で狭い小屋に少なくとも6年以上閉じ込められたという。
入院、自宅療養を経て70年代半ばに亡くなったとみられる。
 祖父の面影を求めて幸恵さんは昨年6月、原さんの案内で島を訪問。
祖父の入院に関わった元看護師にも会い「穏やかで、いつもニコニコしていた」と聞いた。
写真の祖父がほほ笑んでいるように見えるのは「現実への諦めもあったのかな」と胸を締め付けられた。
 数年前に他界した父は高校卒業後に県外へ渡り、島に帰ることはほとんどなかったようだ。
父に故郷や祖父について尋ねても、はぐらかされてばかりだった幸恵さんだが、私宅監置が地域でタブー視されていると教わってからは「父にとっても触れられたくない心の痛みであり、帰りたくても帰れなかったのかもしれない。
法的に認められていた制度によって、本人だけでなく家族も苦しんできた」と思うようになった。
 日頃は介護福祉士として働く幸恵さんは、精神疾患や認知症の人たちへの偏見は根深く残り、本質は私宅監置の時代に重なると感じている。
「正しく病気を理解し、一人一人を尊重したサポートが何よりも大切。
おじいちゃんの苦悩に触れた孫として、小さくても身近なところから変えていきたい」と誓う。
 幸恵さんも登場する原さんの初監督映画「夜明け前のうた 消された沖縄の障害者」は3日から、那覇市の桜坂劇場で公開される。
 (写図説明)私宅監置制度をテーマにした写真展で、思いを語る幸恵さん=2日、那覇市ぶんかテンブス館(写図説明)小屋に隔離されている金太郎さん。
(https://news.goo.ne.jp/article/okinawa/region/okinawa-20210403100000.htmlより引用)

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