浅田真央「姉とは仲もそんなによくなかったんですけど…」 2021-01-10


図 この記事のタイプ傾向 (「ありがと」「ありがとう」「感謝」「感動」「厳しい」「幸せ」「好き」「素晴らしい」「楽しい」「楽しかった」「和やか」「協力」「発表」)

(https://news.goo.ne.jp/article/dot/sports/dot-2021010800024.htmlより引用)
 日本のフィギュアスケートブームを牽引してきた浅田真央さん。
2017年に引退後は、プロスケーターとして活躍しています。
作家の林真理子さんが、現役時代のこと、子ども時代の生活などをうかがいました。
*  *  *林:初めまして。
初対面なのに「真央ちゃん」なんて呼ぶと、国民的アイドルに対して失礼ですよね。
浅田:いえいえ、「真央ちゃん」って呼んでください。
そのほうがうれしいです。
林:真央ちゃんはスケート選手を引退されて3年。
現役当時と比べると、ぐっと肩の荷がおりたという感じですか。
浅田:アイスショーで全国を回っているので、今も平日は毎日滑ってるんですけど、選手のときよりは気持ちがゆるみました。
林:だけど体形も全く変わらないですね。
お肌もすごく奇麗。
やっぱり、だらしなく食べちゃったりはできないんでしょう?浅田:いや、食べました。
夜中にポテトチップスを何種類も食べたりして、ほんとに幸せでした(笑)。
引退してから人生で初めて、ポテトチップスをたくさん食べたんです。
林:人生で初めて! ああいうのって、あとを引くようにできてるんですよね(笑)。
最新刊の『浅田真央100の言葉』という本を読んだら、「炭水化物は摂らなきゃダメ」って書いてありましたね。
浅田:はい。
今はバランスよく三食食べるようにしてます。
林:今、全国を回られているというアイスショーは、「浅田真央サンクスツアー」というんですね。
浅田:はい。
今年で4年目になるんですけど、全国各地を回って感謝の滑りを届けるというアイスショーなんです。
林:海外での試合にも、日本のファンの皆さんがいっぱい行って、客席で国旗を振って真央ちゃんを応援していましたよね。
ああいう方たちに向けて、感謝を伝えるということなんですね。
浅田:そうです。
「今まで応援してくださってありがとうございました」という気持ちで、引退してから始めたアイスショーです。
林:オリンピックとか大きな大会が終わったあと、エキシビションってやるじゃないですか。
浅田:はい、試合で上位だった選手が。
林:いつも思うんですけど、エキシビションって、皆さんすごく楽しそうですよね。
試合のときとは打って変わって和やかなムードで。
浅田:そうですね。
私はシングルのスケーターなので、ふだんは一人で滑ることが多いんですけど、エキシビションだとみんなで滑れたり、衣装も長いスカートを着られたり、小道具が使えたり、そして楽しい照明も入ったりするので、試合というよりショーという雰囲気になりますね。
林:「サンクスツアー」もああいう感じだと思っていいんですか。
浅田:そうですね。
私が選手時代に使ってきた曲をいくつかセレクトして、メドレーみたいな形で、私とスケーターとが交互に滑っていく構成になっています。
林:大きな大会のチケットって、なかなか手に入りづらいですけど、全国でやってくだされば、皆さん見に行けますね。
浅田:はい。
自分が選手のときにもフィギュアスケートのアイスショーには出たりしてたんですけど、アイスショーってチケットが高いんです。
だから自分が引退して、もしアイスショーをやるなら、お求めやすい価格でやりたいという思いがあったので、この「サンクスツアー」はできるだけ皆さんに来ていただきやすいようにお安くしました。
林:小さいお子さんも喜んでくれるでしょう。
浅田:はい。
私も昔、伊藤みどりさんのアイスショーを見て、いつかみどりさんみたいに、素敵な衣装を着てアイスショーで滑りたいなという夢を持っていたので、「サンクスツアー」を通して、子どもたちに夢やパワーを送れたらいいなと思ってます。
林:現役時代のことをお聞きしたいんですけど、3回転半を跳ぶときってどんな感覚なんですか。
浅田:3回転半、トリプルアクセルはですね、力がすごくいりますね。
スピード、力、タイミング……。
いろんな要素がピタッと重なったときにだけ決まります。
林:バンクーバーの冬季オリンピック(10年)でキム・ヨナさんが優勝したとき、私には真央ちゃんの演技が完璧に見えました。
浅田:ショートは完璧だったんですが、フリーで二つミスをしてしまったんです。
林:そうだったんですか。
キム・ヨナさんが先に滑った後に真央ちゃんが滑るというときの精神状態ってどうだったんですか。
浅田:ほかの人の演技は見ないようにしてましたね。
なるべく見たくなかったので。
林:キム・ヨナさんと真央ちゃんの対決は、いつもハラハラドキドキしながら見てましたよ。
「Number」の連載エッセーで、「キム・ヨナさんがいなかったら、私はここまでやれなかったかもしれない」と書いてありましたね。
浅田:ヨナ選手は素晴らしい選手です。
同い年ですし、同じぐらいのスキルを持った選手だったので、13、14歳で初めて会ったときから、「これからシニアに上がっても、たぶんずっと一緒に戦っていくんだろうな」と思ってました。
林:お話ししたことはもちろんあるんですよね。
浅田:はい、あります。
林:それは英語で、ですか。
浅田: 英語だったり、ジェスチャーだったり。
林:真央ちゃん、英語はバッチリなんでしょう?浅田:いえ、ぜんぜんバッチリじゃないです(笑)。
あまり話せないので、ジェスチャーを多用してます。
林:子ども時代は、毎朝、学校に行く前に1時間半練習して、学校が終わってから夜の10時半まで練習してたんですよね。
ごはんとかはどうしてたんですか。
浅田:朝ごはんは車の中で食べて、朝の練習が終わったら学校に行って、学校が終わったらお昼ごはんを車の中で食べて、夜ごはんはリンクで食べて、そのあとも練習という感じの生活でした。
林:お母さまの協力がなければできないですね。
浅田:本当にそうです。
一日中車を運転して、姉(浅田舞)も一緒にスケートをやってたので、ずっとリンクサイドで見守ってくれて、という感じで。
林:高校時代なんか、学校が終わったあとにみんながカラオケ行ったり映画を見に行ったりするでしょう。
私もやってみたいとは思わなかったですか。
浅田:それがあんまり思わなくて、学校よりも遊びよりも、スケートをしたい気持ちのほうが強かったんです。
林:ほぉ〜、そうですか。
クラシックバレエもお姉さんと一緒にやってたんですよね。
バレエよりスケートのほうがおもしろかったですか。
浅田:はい。
3歳からバレエとジャズダンスを始めて、5歳からフィギュアスケートを始めたんですけど、私は圧倒的にフィギュアスケートのほうが好きでした。
バレエはじっとしていないといけなかったり、いろいろ決まり事があって、それが私にはつらかったんです。
スケートは自由にジャンプしたりできるので、ハマっちゃいましたね。
やればやるだけ次の技もできて、それが楽しかったし、あと、賞状とかメダルとかもらえるのも好きでした。
林:バレエの先生からは引き留められなかったですか。
浅田:それはなかったです。
いつもバーにぶら下がってたので、「動物園に行きなさい」って言われてました(笑)。
私、器械体操もやっていて、ほんとは器械体操をやりたかったんです。
体操クラブの先生に「選手クラスに入りますか?」と言われて、私は「入りたい」と言ったのを覚えてるんですけど、母が「体操は厳しいからやめなさい」と言って。
それでスケートの道に進んだんです。
林:前にお姉さんにこのコーナーに出ていただいたとき、ご自分もバリバリの現役の選手なのに、「真央ちゃんのお姉ちゃん」って言われるようになって、ちょっとグレちゃったことがあるとおっしゃってました。
浅田:私が伸びてきたことで、姉の心が弱くなってしまった部分とか、姉は姉で私にはわからないつらさがあったと思います。
私自身もちょっと複雑で、姉とは仲もそんなによくなかったんですけど、20歳ぐらいのときに姉ときちんと話すことができて、それから少しずつ姉も心を開いてくれて。
以来、私も姉に思ったことを全部話すようにして、そこからは何でも話すようになりました。
林:お姉さんとお話ししたときも感じたんですけど、浅田姉妹って礼儀正しくて、きちっとしていて、こんな人気者になっても傲慢になることもなく、これはご両親の教育の賜物なんだろうなと思いました。
ご両親は「人気者になっても謙虚な気持ちで」ということをいつもおっしゃってたんですか。
浅田:母は、厳しくはないんですけど、スケートに関しては常にいろいろ言ってくれてました。
林:どこに行っても、いつも取材の人がいっぱいついてくるわけでしょう。
「ウザいなあ、このおじさん」と思うこともあったんじゃないですか。
浅田:アハハハ。
その当時は、家とリンクを毎日往復して、自分の目指すものに向かってひたすら練習していたので、取材の方に追われるのは正直嫌なこともありました。
でも、メディアの人に取り上げてもらわないと多くの人に見てもらえないし、お客さんの声援がないと私たちも「頑張ろう」と思えなかったので、いま思うと、メディアの方には感謝しています。
林:不思議なんですけど、真央ちゃんしかり、なぜ名古屋からあんなにフィギュアのスケート選手が出るんですか。
浅田:伊藤みどりさんの影響が大きいと思いますね。
特に山田満知子先生のクラブからは、恩田美栄さん、中野友加里さん、私たち、村上佳菜子さんが出てるので、上を見て頑張って追いつこうと、身近な先輩方から刺激を受けてきたこともあると思います。
ほかの地域と違って、お母さんたちも一日中リンクにいて、先生のレッスンがないときはお母さんが教えてるんですね。
それは横浜とか東京のリンクでは見られないことです。
林:へぇ〜、すごい。
名古屋のお母さん、ほんとに熱心なんですね。
フィギュアスケートって、お金がものすごくかかるんでしょう?浅田:そうなんです。
貸しリンクが1時間半で5万円とかします。
海外だと選手専用のリンクがあったりするんですけど、日本は一般滑走のリンクしかないので、正規料金を払って借りるしかないんですよ。
選手のときは大学がリンクを貸してくださることもありましたが。
林:衣装もすごくお金がかかるんでしょう?浅田:はい。
衣装もそうだし、スケートリンクを借りるお金のほかにも、スケート靴とかスケートのエッジもすごい金額です。
それに加えてコーチや振り付けの費用と、お金がかかるスポーツだと思います。
本当に、家族に感謝です。
(構成/本誌・松岡かすみ 編集協力/一木俊雄)浅田真央(あさだ・まお)/1990年、愛知県生まれ。
2002年の全日本選手権で、女子世界初の3回転3連続ジャンプを決め注目を集める。
10年バンクーバー五輪で銀メダルを獲得。
14年ソチ五輪では、フリーで世界中が感動する演技を披露。
同年3月の世界選手権では、日本人最多の3度目の優勝を飾り、ショートの演技が世界最高得点でギネス世界記録に認定される。
17年4月に現役引退を発表後、スケート以外にも活動の場を広げている。
現在、「浅田真央サンクスツアー」で全国を巡回中。
(https://news.goo.ne.jp/article/dot/sports/dot-2021010800024.htmlより引用)

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